皆さんが忘れられないクラシコは、どの試合でしょうか。鮮やかな勝利も、悔しい敗戦も、この対戦の歴史をつくってきました。今回は表紙と9つの章、計10枚の新聞風ビジュアルで、1902年から2026年までをバルサの視点で振り返ります。写真は実際の資料写真を使用し、本文で扱う試合と撮影時期・場面が異なるものは、各画像のキャプションに明記しています。










第1章|1902・1916年 最初の出会いから公式戦へ
両クラブが初めて対戦したのは、1902年5月13日。マドリードの競馬場で行われた戴冠記念大会の準決勝でした。シュタインベルクの2得点とガンペルの1得点で、バルサが3–1の勝利を収めます。
この大会は非公式扱いで、公式戦の初対戦は1916年3月26日の国王杯です。バルサは初戦を2–1で制しましたが、対決は再試合を重ね、決着までに4試合を要しました。最初の出会いと公式戦の始まりを分けて見ると、長い対戦史の輪郭が見えてきます。
第2章|1929年 毎季、向き合うライバルに
1929年、スペイン全国リーグが誕生します。2月17日の初めてのリーグ・クラシコでは、バルサはホームで1–2と敗れました。それでもシーズンを戦い抜き、勝ち点25で初代王者に。マドリードは2ポイント差の2位でした。
カップ戦での対決に、毎季のホームとアウェイの戦いが加わります。一試合の勝敗だけでなく、年間を通して順位とタイトルを争う関係へ。リーグの誕生は、両クラブの競争をより身近で継続的なものにしました。
第3章|1953–1960年 移籍争奪と欧州での対決
1953年、両クラブはディ・ステファノの獲得を争いました。両クラブで1シーズンずつ交互にプレーする案まで出た末、バルサは権利を手放します。同年10月25日の対戦では、マドリードへ加入した彼が2得点。バルサは敵地で0–5と敗れました。
その後、欧州の舞台でバルサが勝ち上がったのが1960年11月23日です。欧州杯で2–1と勝利し、2試合合計4–3で突破。バルサは、王者マドリードをこの大会で初めて敗退させたクラブとなりました。
第4章|1974・1994年 クライフが結んだ二つの5–0
1974年2月17日、バルサはベルナベウで5–0の勝利を挙げました。アセンシが2点を決め、クライフ、フアン・カルロス、ソティルも得点。このシーズン、バルサは14年ぶりのリーグ優勝を果たします。
約20年後の1994年1月8日、今度は監督クライフのドリームチームが、ホームで同じ5–0を記録しました。ロマーリオのハットトリックに、クーマンとイバン・イグレシアスのゴール。選手と監督、異なる立場でクライフが二つの大勝に関わりました。
第5章|2005年 ベルナベウが送った拍手
2005年11月19日、ライカールト率いるバルサは敵地で3–0と快勝しました。エトーが先制し、ロナウジーニョが2得点。そのプレーに、マドリードの観客の一部も立ち上がって拍手を送ります。激しく勝利を争う相手への敬意が表れた、忘れがたい光景です。
この日は、18歳のメッシにとって初めてのクラシコでもありました。ロナウジーニョが主役を務めたピッチには、のちにこの対戦で数々の記録を残す若い才能も立っていたのです。
第6章|2009年 ペップのバルサ、敵地で6得点
2009年5月2日、先制されたバルサはアンリとプジョルの得点で逆転し、ベルナベウで6–2の勝利を収めました。アンリとメッシがそれぞれ2得点。プジョルに加え、最後はピケもゴールを決めます。
グアルディオラ就任1年目のチームは、このシーズンにリーグ、国王杯、欧州チャンピオンズリーグの三冠を達成しました。シャビ、イニエスタ、メッシらが躍動した大勝は、バルサの黄金期を振り返るうえで欠かせない一戦です。
第7章|2010–2011年 複数のタイトルを懸けた連戦
2010年11月29日、バルサはモウリーニョ率いるマドリードにホームで5–0と勝利。翌春には4月16日から5月3日まで、リーグ、国王杯、欧州チャンピオンズリーグで4度のクラシコが行われました。
国王杯決勝は延長の末に0–1で敗れましたが、その一週間後の欧州CL準決勝第1戦ではメッシが敵地で2得点。バルサは2試合合計3–1で決勝へ進み、欧州王者に輝きます。勝利と敗戦を重ねながら、両チームがタイトルを争った春でした。
第8章|2017年 メッシの500ゴール目
2017年4月23日のベルナベウでは、最後までスコアが動きました。先制されたバルサはメッシが同点弾を決め、ラキティッチの得点で逆転。その後2–2に追いつかれましたが、終了間際にメッシが再びネットを揺らし、3–2で勝利しました。
決勝点は、メッシのバルサ公式戦通算500ゴール目でした。ユニフォームを掲げた姿とともに語り継がれる一撃です。個人の大きな節目が、チームに勝利をもたらすクラシコの一場面と重なりました。
第9章|2024–2026年 新しい世代と、29回目の戴冠
2024年10月26日、フリック監督のリーグ初クラシコは敵地で4–0。レヴァンドフスキの2得点に、ラミン・ヤマルとラフィーニャのゴールが続きました。経験豊かな選手と新世代がともに力を発揮した勝利です。
2026年5月10日には、ホームでマドリードを2–0で破りました。ラッシュフォードとフェラン・トーレスが得点し、バルサは29回目のリーグ優勝を確定。宿敵との直接対決が、タイトルを祝う一夜になりました。
100年を超える歩みをたどると、同じ対戦にも、時代ごとに異なる主役と記憶があることが分かります。皆さんにとって忘れられないクラシコも、この長い歴史の一部です。Força Barça!
記録・資料の確認日:2026年10月24日。
掲載写真の出典と利用条件
掲載順に記載しています。写真は公開元のファイルの色・構図を保ち、紙面内に等比縮小で配置しました。画像内のキャプションでも撮影年や場面を説明しています。古紙風の背景、見出し、本文は今回の編集です。
クラシコの歴史
資料写真:1926年のクラシコ。L’Esport catalàに掲載された当時の写真。
資料:L’Esport català/Biblioteca de Catalunya/Wikimedia Commons(Public domain)
作品名:Clasico 1926-RM BCN.jpg
写真の出典ページ / Public domain。色・構図の変更なし、等比縮小のみ。始まりは、1902年。
写真:1903年のバルサ。1902年・1916年の対戦当日の写真ではありません。
写真:A.A. Artis/Wikimedia Commons(Public domain)
作品名:Player FC Barcelona 1903 year.jpg
写真の出典ページ / Public domain。色・構図の変更なし、等比縮小のみ。毎季、向き合う相手へ。
写真:1928年、アルゼンチン遠征時のバルサ。 1929年の初リーグ対戦当日の写真ではありません。
写真:作者不詳/Los Sports 第286号(1928.8.31)/Public domain(PD-Chile)
作品名:Barcelona en Argentina, Los Sports, 1928-08-31 (286).jpg
写真の出典ページ / Public domain(PD-Chile)。色・構図の変更なし、等比縮小のみ。争奪戦が変えたライバル史。
写真:1959年6月30日、アムステルダム戦のディ・ステファノ。 1953年の移籍時や、1960年のクラシコ当日の写真ではありません。
写真:Wim van Rossem/Anefo・Nationaal Archief/Wikimedia Commons(CC0 1.0)
作品名:Di Stefano 1959.jpg
写真の出典ページ / CC0。色・構図の変更なし、等比縮小のみ。クライフがつないだ二つの時代。
写真:1974年10月21日、フェイエノールト戦前の練習中のクライフ。 1974年・1994年のクラシコ当日の写真ではありません。
写真:Bert Verhoeff/Anefo・Nationaal Archief/Wikimedia Commons(CC0 1.0)
作品名:Barcelona traint voor wedstrijd tegen Feyenoord Cruijff en bondscoach Knobel di, Bestanddeelnr 927-5274.jpg
写真の出典ページ / CC0。色・構図の変更なし、等比縮小のみ。宿敵の観客が、立ち上がった。
写真:2005年12月20日、セルタ戦のロナウジーニョ。 ベルナベウで拍手を受けた試合の写真ではありません。
写真:Hector Garcia/Wikimedia Commons(CC BY-SA 2.0)
作品名:Camp Nou, F.C Barcelona vs Celta de Vigo. Final score: 2 – 0(Commons掲載名:Ronaldinho corner)
写真の出典ページ / CC BY-SA 2.0。色・構図の変更なし、等比縮小のみ。ベルナベウに刻んだ、6得点。
写真:2009年5月2日、2–6のクラシコ当日。セットプレーで競り合う両チーム。
写真:Alejandro Ramos/Wikimedia Commons(CC BY-SA 2.0)
作品名:Forcejeo(Commons掲載名:Forcejeo Real Madrid – FC Barcelona)
写真の出典ページ / CC BY-SA 2.0。色・構図の変更なし、等比縮小のみ。90分では終わらない対決。
写真:2011年4月27日、欧州CL準決勝第1戦のメッシとペペ。 2010年の5–0の試合ではありません。
写真:Muhaidib/Wikimedia Commons(CC BY-SA 3.0)
作品名:RMDvsBAR UCL SF 1.jpg
写真の出典ページ / CC BY-SA 3.0。色・構図の変更なし、等比縮小のみ。500点目は、宿敵の前で。
写真:2017年3月、PSG戦のメッシ。 通算500ゴールを決めたクラシコ当日の写真ではありません。
写真:Hugo Pérez Marsol/Wikimedia Commons(CC BY 2.0)
作品名:Barça 6 – PSG 1; Dimecres 8 de març de 2017 – 33299590596.jpg
写真の出典ページ / CC BY 2.0。色・構図の変更なし、等比縮小のみ。歴史は、新しい世代へ。
写真:2025年9月、スペイン代表でのラミン・ヤマル。 クラシコ当日の写真ではありません。
写真:Biso/Wikimedia Commons(CC BY 4.0)
作品名:Lamine Yamal in 2025.jpg
写真の出典ページ / CC BY 4.0。色・構図の変更なし、等比縮小のみ。
PD-Chileの写真は作者・出典の表示と作品の同一性を保持しています。各写真にはそれぞれ記載した利用条件が適用されます。CC BY-SAの写真を今後加工する場合は、その写真の翻案にも同じ、または互換性のあるライセンス条件が適用されます。
歴史の確認に用いた資料
日付や結果はFC Barcelonaの公式記事と公式試合記録に基づいています。1902年の戴冠記念大会は非公式として、1916年以降の公式戦と区別しました。
- 第1章|1902・1916年 最初の出会いから公式戦へ
- 第2章|1929年 毎季、向き合うライバルに
- 第3章|1953–1960年 移籍争奪と欧州での対決
- 第4章|1974・1994年 クライフが結んだ二つの5–0
- 第5章|2005年 ベルナベウが送った拍手
- 第6章|2009年 ペップのバルサ、敵地で6得点
- 第7章|2010–2011年 複数のタイトルを懸けた連戦
- 第8章|2017年 メッシの500ゴール目
- 第9章|2024–2026年 新しい世代と、29回目の戴冠